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杜に想ふ 祈りを運ぶ 涼恵

令和8年05月11日付 5面

 第六十三回神宮式年遷宮に向けた諸行事の一つとして、御木曳初式(役木曳)が斎行された。お木曳は御杣山で伐り出された御用材が旧神領民の奉仕により、内宮では川曳、外宮では陸曳によって運ばれる行事。国の記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択され、伊勢市の無形民俗文化財になってゐる。
 このたび御縁があり、畏れ多くも内宮の棟持柱と倭姫宮の役木を曳かせていただく機会を賜り、身の引き締まる思ひで奉仕に臨んだ。
 川曳の際、五十鈴川に足を踏み入れた瞬間の神祕的な感覚が今でも残ってゐる。水の冷たさと流れは、まるで悠久の時を知らせるかのやうに一瞬で身体中に広がり、キラキラ光る水面は、古の人々もまた「エンヤー」といふ掛け声とともに御用材を曳いてきた景色と気配が重なるやうに感じられた。
 水は記憶を宿すといふ話を聞いたことがあるが、五十鈴川そのものが幾千年もの祈りの記憶を今も抱いてゐることが伝はってくるかのやうだった。さらに印象的だったのは、何度となく渡った宇治橋を下から仰ぎ見たときの景色。水辺から聳え立つ柱は強く凛としてゐて、人々の祈りを支へる骨骼のやうにも感じられた。頼もしかった。
 陸曳では、大地の感触を確かめながら、厳粛さと勢ひのなかに一歩一歩を重ねていった。お木曳とは、御用材を曳くだけでなく、そこに宿る人々の祈りを運ぶ営みなのだと肌で教へられた。
 また今回は神職としてではなく、曳き手として参加させていただいたことで、学びと発見があった。初めて祭具屋で鯉口に股引、地下足袋を購入し、町内で誂へたお揃ひの法被と鉢巻姿で、綱を握る側に加はらせていただいた。これまで狩衣姿で神輿を先導することはあっても、担ぐ側に回ることはなく、静かに見守ってゐた景色のなかに自らが入ってゐることが新鮮だった。木遣りの声に活気づけられ、自身も声を合はせることで生まれる一体感は、何とも心地良かった。祭りの静と動――まさに和魂と荒魂の調和といふものを、異なる立場で参加することで、より立体的に捉へることができたやうに思ふ。
 近年、神社を取り巻く環境は変化してゐる。各地域の祭りの維持・存続には厳しい現実や多くの課題があるだらう。
 式年遷宮において、旧神領民と特別神領民とが力を合はせて行事を成していく姿は、これからの神社の在り方を考へるうへの、一つの兆しのやうに思はれた。遠方であっても崇敬者として、地元の方々とともに支へていく関係や信頼を育んでいくことの大切さを感じてゐる。
 曳き手として、まだまだ学ぶべきことが多い。「よそ者なのに、良いところだけ参加させていただいて、すみません」と伝へると、旧神領民の方々は「お蔭様ですよ」と、清々しい笑顔で応へてくださった。
(歌手、兵庫・小野八幡神社権禰宜)

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