杜に想ふ
河崎町 神崎宣武
令和8年06月15日付
5面
五月十七日(日曜日)に伊勢に行った。
次の日に私にとっての大役があったので、余裕をもって前日の昼過ぎにホテルに入ったのだ。
いつの間にか、夕方の五時。下方の道路脇を、途切れることなく人が歩いてゐる。男女ともに白い法被と股引姿。外宮への「お木曳」を済ませて帰路についた人たちであった。
お木曳は、伊勢神宮の遷宮(今回は、令和十五年秋を予定)に不可欠な儀式のひとつである。外宮でのお木曳は、陸曳。もう一方で、内宮へのお木曳があり、これは川曳で、七月末の予定である。
かつての曳役は、伊勢の住民(旧神領民)に定められてゐたが、現代ではより広く多くの人たちの参加が募られてもゐる。この日は、天気もよく、全国から訪れた人も含め、七千人以上の人が集まったとかで、めでたいお木曳になった、といふ。
眼下に見る人たちの多くは、大通りを外れて河崎町方面に入っていく。ならば、私も行ってみよう、と思った。
河崎町は、古い商店街で、なじみの居酒屋もあった。しかし、その店の扉は固く閉ぢられたままである。
家々の門扉も閉ぢられてをり、閑散としてゐた。これではまるで映画のセットではないか、といぶかしく思ひながら、歩を進めた。
四年前に大腿骨と股関節の手術をしてからは杖をついてゆっくりとしか歩けないので、傍目にも頼りなく映ったのであらう。後ろから法被姿の三人が追ひかけてきた。若い男性二人と少し年長の婦人一人である。
「何かお探しですか」、と聞かれたので、ありのままを答へた。すると、若い二人が、「河崎は当番町内ですからね。誰も家でのんびりなんてできませんよ」。婦人が、「私たちは、昼も十分に食べられなかったから、ほらかうして寿司と牛肉弁当を買ってきて、ひとまづ内々の打上げをするところなんです」、と。さらに、「よかったら、家に来ませんか」、と誘ってくれたのである。
三人が阿吽の呼吸。せっかくなので、少しだけおつきあひをすることにした。そこには、また、御夫婦らしいお二人が待ってゐた。
詳細は略するが、ひとつだけ感心したことを付記しておきたい。
神棚にすでに一対の瓶子が供はってゐたところで、三人ともが黙して拝礼。そして、それを下げて直会の酒としたのである。そこでも阿吽の呼吸とさりげなさ。私も、その「おかげ」をありがたくいただいた。
帰り道も考へて、長居はしなかった。しかし、若者の一人がホテルまで送る、といふ。これも私は断らず、会話を楽しみながら送ってもらった。
にぎはったお木曳の余話、としておかう。東の空に星がひとつ、さはやかな夕暮れであった。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)
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