杜に想ふ
音楽は已まない 涼恵
令和7年06月16日付
5面
先月、神戸で開催された「国際交流フェア」に出演させていただいた。この催しは、阪神・淡路大震災の翌々年から国際都市・神戸にて、多文化共生と国際協力・交流を目的に続けられてきた。しかし令和二年、新型コロナウイルス感染症の影響により中止となり、二十四年の歴史に一度は幕を下ろした。だが震災から三十年を迎へる本年、復活を望む声が各地から寄せられ、五年ぶりに再び開催されることとなった。
「震災を風化させない」「国籍を問はず、神戸だからこそできる行事をともに創る」。この想ひに賛同し、熊本、富山、島根、東京など全国から約四百人の出演者が集ったといふ。主催の国際音楽協会・張文乃理事長に話を伺ふと、次のやうに語ってくださった。
「まさに平和そのものの音楽会になりました。当時、私たちの地域では、神戸中華同文学校が避難所になり、国籍を超えて助け合ひ、苦楽をともに過ごしました。『ハングリーでなければ仲良くなれない』なんて言はれることもあるけれど、それは違ふと思ふ。人は皆この世の客人。どんな時も、人を敬ふ心を忘れずに。それが神戸らしい“大楠公さま”の精神にも通じます」。
張先生は、筆者の発声の師でもある。読者の皆様は「しあわせ運べるように」といふ曲を御存じだらうか。震災二週間後に生まれ、今や神戸市民の誰もが知るといへるこの合唱曲は、地震で自宅を全壊された臼井真氏が、神戸の変はり果てた姿に打ちのめされながらも、わづか十分で書き上げたといふ。
地震にも 負けない 強い心をもって 亡くなった方々のぶんも 毎日を 大切に 生きてゆこう
生々しい実感から生まれた詞に、希望をたたへた旋律が寄り添ふ。
今回のコンサートでは、臼井氏自らの指揮により、六歳から九十四歳までの合唱団が、日本語・中国語・英語の三カ国語でこの歌を披露し、会場に大きな感動を呼んだ。
開催数日前、張先生はスタッフの方とともに、小野八幡神社へ成功祈願に来られた。
震災直後、「歌ってゐる場合ぢゃない」と音楽をやめてしまった人がゐたと聞く。張先生にその話をすると、かう応へてくださった。
「確かに、物資には敵はない。でも、心を慰め、癒す力が音楽にはある。老人ケアの現場でそれを実感するの。九十歳を過ぎた方々が、雨の日も風の日も練習にやってくる。それは音を記憶してゐるから。音楽は、心と脳に届くものなのよ」。
今回のコンサートを通じて、歌ふことの本質に触れることができた。歌も祈りも、目には見えぬ力を持つ。その力が人と人との間に静かに火を灯し、分断ではなく共鳴が生まれ、互ひを敬ふ心から声が重なる。
神に仕へる者として、歌を歌ふ者として、その力を信じ、これからも一人一人と向き合っていきたい。
(歌手、兵庫・小野八幡神社権禰宜)
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