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論説 読書週間を控へて 教養・見識の深化の一助に

令和7年10月20日付 2面

 酷暑を経て迎へた読書の秋。十月二十七日から今年の読書週間が始まる。
 主催する公益社団法人読書推進運動協議会によれば、この読書週間は大正十三年、日本図書館協会が読書の鼓吹、図書文化の普及、良書の推薦などを目的に行事を実施したことに遡る。当時、前年九月に発生した関東大震災により甚大な被害が生じ、大量の出版物も失はれるなか、その復興期にあたってゐたといふ。のちに「図書館週間」と名付けられ、出版界なども参画のもと年中行事として定着するやうになったものの、戦時下の昭和十四年に廃止に。戦後の昭和二十二年、「読書の力によって、平和な文化国家を創ろう」との決意に基づき出版社や書店・公共図書館などが力を合はせ、また報道機関も加はって、十一月十七日から第一回の読書週間を企画。翌年からは「文化の日」を中心とした二週間を期間と定め、次第に国民的行事として全国に広がっていった。
 第七十九回を迎へた今年の読書週間。震災・戦災からの復興のなかで読書を勧奨した先人たちの思ひを顧みつつ、その意義を考へたいものである。


 読書離れが進んでゐる。
 文化庁が毎年実施してゐる「国語に関する世論調査」では五年に一度、読書に関しても調査。直近の令和五年度の調査では「一か月に読む本の冊数」(電子書籍を含み、雑誌・漫画を除く)について、「読まない」との回答が六二・六%にのぼった。調査方法の変更から以前の調査とは単純に比較できないが、それまで四〇%後半台だった「読まない」の割合が一五ポイント以上増加した形だ。
 さうした現状も反映してか、経済産業省によれば全国の書店の数はこの十年の間に一万五千店舗から一万店舗にまで減少。同省では書店について「地域の重要な文化拠点」「国力の源」「創造性が育まれる文化創造基盤として重要」などとする認識に基づき、今年六月には関係省庁における書店活性化に向けての施策を整理した「書店活性化プラン」を公表してゐる。
 読書週間を機会に、読書離れや地域の文化拠点である書店の減少などの課題についても問題意識を共有したい。


 読書の前提となる図書・出版をめぐる歴史を顧みれば、『日本書紀』の推古天皇十八年の条には高句麗王より遣はされた僧・曇徴が紙や墨の製法を伝へたことが記される。神典として斯界でも重視されるこの『日本書紀』は最古の正史、また『古事記』は最古の歴史書といはれ、古くは書写によって伝へられてきた。さらに最古といふことでいへば、平安時代に女流文学が隆盛を極めるなか、紫式部が著した『源氏物語』は最古の長篇物語といはれ、現在では世界各国で翻訳・出版されるなど多くの人々に親しまれてゐる。
 紙の製造については各地で特色ある手漉き技術が生まれ、また後陽成天皇により慶長勅版本『日本書紀神代巻』が刊行されるなど活版印刷の技術も伝来。その一方で、江戸時代には今年のNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」で描かれるやうに木版印刷を中心とする出版文化が華開いた。近代以降は欧米からの技術・思想の流入も相俟って書籍発行のみならず新聞・雑誌の創刊が盛んになり、さらに近年は電子出版といふ新たな形も普及しつつある。
 図書・出版に係る営為は、関連するさまざまな文化の育成・発信をともなひながら、わが国を形作る基盤となってきたといへるのではなからうか。


 神職にとっても読書は重要だ。
 かつて本欄では、「秋は読書の好時節」「神社人の教養は、日々の神明奉仕によってその高さを加へ、読書への不断の執心によって、その光を増して行く」「全国民的な関心が寄せられてゐるやうな問題については、神社人としての認識と判断がなくては、とうてい『教化』などといふことはできるものではない。大いに読書勉強すべきである」などと指摘。もちろん読書だけが教養・見識の深化のための方法ではなく、昨今は先に触れた電子書籍の普及のやうに、知識・情報の収集・伝達のあり方が大きく変化してゐるが、読書でしか得られないものもあらう。
 わが国の文化が書物を通じて培はれてきたことを改めて顧みつつ、神職として教養・見識を深めるための有効な手段の一つとして、引き続き読書に励みたいものである。
令和七年十月二十日

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