論説
神嘗祭 遷宮奉賛と稲作の課題を
令和7年10月27日付
2面
伊勢の神宮では十月十七日から、神前に新穀を奉り収穫に感謝を捧げる神嘗祭が斎行された。
天皇陛下には、神宮に勅使を差遣せられて奉幣されるとともに、御親ら育てられた稲穂を根付きのまま御献進。また宮中では神嘗祭にともなふ「神宮遙拝の儀」と「神嘗祭賢所の儀」に臨まれ、神嘉殿において神宮を遙拝遊ばされるとともに、宮中三殿の賢所で御拝礼の上、御告文を奏されてゐる。
全国各地の神社でも、本宗と仰ぐ伊勢の神宮における神嘗祭にあたり、奉祝の誠を捧げるべく神嘗奉祝祭を斎行。まづ以て、今年も秋の稔りに感謝する神宮の神嘗祭が無事に斎行されたことを謹んでお祝ひ申し上げたい。
○ 神嘗祭にあはせ、神都・伊勢では地元の旧神領民らが神宮に初穂を奉献する初穂曳が実施されてゐる。
この初穂曳は、二十年に一度の神宮式年遷宮に際しておこなはれる民俗行事「お木曳行事」と「お白石持行事」(いづれも国選択「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」、伊勢市指定「無形民俗文化財」)の伝統継承を目的として昭和四十七年に始められた。外宮領は奉曳車による陸曳で、内宮領は五十鈴川を初穂船で遡上する川曳によって、初穂を内外両宮へと運び入れてゐる。このうち外宮領での初穂曳には神社関係者らも特別神領民として参加。第五十四回を迎へた今年も、全国各地から集まった特別神領民を含めた参加者らが初穂を満載した奉曳車を曳きながら伊勢の町を賑やかに練り歩いた。
前例に倣へば、令和十五年に中心的祭儀である両正宮の遷御の儀が執りおこなはれる第六十三回式年遷宮。来年四月には代表的な御用材を神域に曳き込む「お木曳初式」が、また五月から七月にかけては遷宮諸祭・諸行事のなかで最も賑やかな行事ともいはれる「お木曳行事」(第一次)が予定されてをり、初穂曳と同様「お木曳行事」に際しても全国の神社関係者をはじめとする崇敬者の参加が予定されてゐる。
遷宮行事の伝統継承を目的とする初穂曳、そして来年の「お木曳行事」が、遷宮の奉賛気運の醸成、神宮崇敬の念の裾野拡大に繋がることを大いに期待するものである。
○ 収穫への感謝といふことでいへば、今年は全国各地でおほむね豊かな稔りに恵まれてゐるやうだ。農林水産省が十月十日に発表した作物統計調査(九月二十五日現在)によれば、令和七年産主食用米の予想収穫量は前年比六十三万四千㌧増の七百十五万三千㌧で、平成二十九年以来最高になる見込みだといふ。
もちろん豊かな稔りに恵まれ、収穫量が増加するのは喜ばしいことだが、問題は供給過多による値崩れだ。すでに「農家が最も懸念するのが価格の大幅下落であり、政府はセーフティーネット(安全網)対策を早急に示す必要がある」「米の価格が下がってから対策を打つのではなく、あらかじめ明確にしてもらいたい」(『日本農業新聞』十月十五日付「論説」)との指摘も見られる。確かにスーパーでの米の平均販売価格は四週連続で値下がりしてゐるといふ。しかしながら、いまだ四千数百円(五㌔)ほどで推移してをり、前年同期比で八百円前後、一昨年からは倍以上の高値が続いてゐる。国民感覚からすれば、さまざまな物価が高騰するなかで、米価の高止まりに頭を悩ませてゐるといふのが実情なのではなからうか。
生産者・消費者の双方が納得できるやうな合理的な価格形成の実現に向けて、それぞれの感覚・意識の開きを埋めていくため、さらなる相互理解が求められてゐるといへよう。
○ 今号掲載の通り、各地で抜穂祭や稲刈り体験が執りおこなはれてゐる。
昨年来の「令和の米騒動」により稲作への関心が昂るなか、神饌田での祭典参列や稲刈りなどの経験は、稲作の労苦の一端を知り、その大切さを改めて考へる良い機会にならう。米価の安定に限らず、食料自給率の低下、農業従事者の減少、米離れへの懸念など、農業ことにわが国の主食である米を生産する稲作をめぐる課題について、より広く共有することが重要だ。
皇祖・天照大御神に新穀を奉る神嘗祭を終へた今、今後の遷宮奉賛、稲作の課題などを見据ゑながら、来月に控へた各地の神社における収穫感謝の新嘗祭に臨みたい。
令和七年十月二十七日
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