杜に想ふ
幾星霜 涼恵
令和8年09月14日付
5面
昭和二十一年七月八日、終戦の焼け跡のまだ癒えぬ時代に、神社新報は産声を上げた。
神社の在りやうが根柢から問ひ直される混沌のなかでの創刊は、どれほどの覚悟と苦労があったことか……。神社本庁初代事務総長・宮川宗徳大人、葦津珍彦大人、大坪重明大人をはじめ、多くの先達がそれぞれの立場から支へられたことに深く頭を垂れる。
以来八十年、幾星霜。毎週毎週、積み重ねられた紙面は、祭祀の本質、地域社会の苦悩、そして皇室と神宮を仰ぐ心――その時々の斯界の姿を記録し、後世へと手渡す「時の器」のやうだ。
令和八年七月八日、明治記念館で創刊八十周年記念式典が開かれ、全国から約二百人が参集した。会場の末席に身を置き、改めてこの軌跡を想ふと、尊敬してやまない全国の諸先生・諸先輩の御存在が、とても頼もしく、心強く感じられた。仲睦まじく盃を酌み交はし、笑顔が咲く。神様から人への縦の繋がりだけでなく、人と人との横の繋がりを大切にする――神社界のかういふところが、とても好きだ。
我々は今、大きな課題を眼前にしてゐる。総務省の統計では令和七年、十五歳未満人口は総人口の一一・一パーセントまで下がり、五十一年連続過去最低を更新した。人口そのものが減るだけではない。地域を担ひ、祭りを支へ、氏子として次代へ手渡していく人々そのものが、少なくなっていく。神社の数もまた、文化庁『宗教年鑑』令和七年版によれば、令和六年末時点で八万四百八十六社(法人)になり、十年前の平成二十七年版の八万千百三十四と比べて約六百五十社(法人)減少してゐるといふ。
その数字の向うには、代々受け継がれてきた祭りがあり、御神木の下で手を合はせてきた人々の記憶がある。
八十年前もまた、神社にとって危機的な時代だった。それでも神社を守り、祭りを繋ぎ、次の世代へとバトンを渡してくださった神社新報を創刊された先達のおこなひこそ、今我々が見習ひたい姿であり、「どんな時代でも、心と智恵と団結があれば、次の世代へ渡していける」といふ何よりの励ましではないか。
今度は自分たちが受け継ぎ守る番。きっと小さな一歩のなかにこそ、再生の種はある。仲間とともに智恵を出し合ひ、ともに汗を流していきたい。未来の子供たちが、境内で祭りの太鼓に胸を躍らせ、「この神社は自分たちのふるさとだ」と感じられるやうに。
神社の数が減ったといふのなら、一社一社にこめられた祭祀の重みと意味を、しかと伝へて感じていただくこと。一つ一つ地道に丁寧に。それこそが、今を生きる者に課せられた使命なのかもしれない。
いつか自分たちもまた、未来の誰かにとっての「先人」になる。そして次の百年へ、祈りの灯りを絶やすことなく。
(歌手、兵庫・小野八幡神社権禰宜)
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