論説
神道教学研究大会 研究の深化と現場への接続を
令和7年08月11日付
2面
今号掲載の通り、「英霊祭祀のいまとこれから―戦後八十年を迎へての教学的課題―」を主題とする第四十二回神社本庁神道教学研究大会が七月二十九日に開催された。連日の猛暑のなか、近年では一カ月ほど早い実施となった今回の大会。大東亜戦争終結八十年の節目にあたり、終戦記念日に先立っての開催は時宜に適ったものだった。
靖國神社・護国神社の祭神を直接知る遺族が減少する現在、英霊祭祀の厳修・継承は一つの転換期を迎へてゐるともいへる。この節目の年にあたり、さうした現代的課題について神社界全体で受け止め考へなければならない重要課題と捉へ、英霊祭祀の教学的位置付けを明らかにしようとしたところに今回の大会の意義があらう。
○ 大会では、まづ國學院大學教授・藤田大誠氏が「靖國神社と護国神社の来し方行く末―英霊祭祀の教学的課題を考へるために―」と題して発題し、英霊祭祀の前提や靖國神社・護国神社の創建経緯、それらの戦前期の展開などについて、「中央と地方」といふ視座も踏まへて解説。靖國神社と護国神社は本社と分社といふ関係にはないものの、祭祀継承や護持基盤の確保、「公」との関係性など共通の課題を抱へてゐることを指摘しつつ、今後の英霊祭祀を考へる上での厖大かつ貴重な素材を提供した。
続いて靖國神社の前宮司で、山口縣護國神社などでの奉職経験もある山口建史氏が「靖國神社と戦後の教学について」と題して発題し、長年の現場体験に基づき靖國神社・護国神社に係る教学的課題を概説しつつ、近年、英霊祭祀との関はりのなかで「平和」といふ言葉が聞かれることの受け止め方などにも言及。また全國護國神社會会長・兵庫縣姫路護國神社宮司の泉和慶氏は、「全國護國神社會の活動について」と題して全護會の取組みを紹介し、英霊から将来を託された我々が現在をいかに生きるのか、慰霊といふ営みのなかで顧みることの大切さなども語った。
山口・泉両氏の発言には社頭奉仕のなかで培はれた神道教学を示す内容が多分に含まれ、藤田氏が提供した素材と現場の神職の営為とを繋ぐ重要な役割を果たしたともいへよう。
○ 発題・報告後の共同討議では、コメンテーターとして國大教授・菅浩二氏と、埼玉・久伊豆神社禰宜で國大研究開発推進機構共同研究員の小林威朗氏がそれぞれ発言。英霊祭祀をめぐる教学について、菅氏は近代における国民国家の形成といふ巨視的な観点から捉へ直す見方なども提示し、小林氏は神道青年会での忠魂碑調査を踏まへ、神道教化への展開を包含する地に足の着いた実践活動の事例を紹介した。
共同討議の司会を務めた皇學館大学名誉教授・櫻井治男氏は最後に、靖國神社・護国神社があくまで祭祀の場であることを確認。社会的な営みとしての祭祀がさまざまな影響を受けるなかで、営む側がどのやうな認識を持ってゐるかが問はれてゐることなどを指摘した。
とかく政治的な関はりで語られることの多い英霊祭祀について、発題・報告を踏まへて具体的に考へていく上での視点や立ち位置などを例示したといふ意味でも、各氏の発言は極めて示唆に富むものだったのではなからうか。
○ 振り返れば、終戦七十年にあたる平成二十七年から三年間は「人霊祭祀」を主題に、さらに愛媛玉串料訴訟最高裁判決の翌年にあたる平成十年には「英霊祭祀の今日的課題」を主題に教学研究大会が開催されてをり、今回の大会はその成果を踏まへ、さらに教化・実践的な側面を加味したものとなった。もとより英霊祭祀をめぐる教学的課題は多岐に亙り、今後も時代の推移を見据ゑつつ継続的な議論が必要とならう。また今回の大会には遠隔形式での聴講を含めて約百三十人が参加し、例年に比して関心の高さが窺へた。たださまざまな配慮や遠慮からか、共同討議に際して本庁会場から寄せられた質問がわづか一件だったことは残念であり、参加者を交へた共同討議のさらなる充実に向けた工夫に期待したい。
神道教学をめぐっては、かねて医学における基礎と臨床になぞらへて双方の重要性が指摘されてきたやうに、専門的な研究の深化と、その一般神職における共有・実践が求められよう。今後も有意義な大会としていくため、さらなる教学的課題の検討や、現場との接続にも意を注ぎたいものである。
令和七年八月十一日
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